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東京地方裁判所 平成10年(ワ)6593号 判決 1999年6月30日

原告 株式会社セントルイスファイナンス

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 松嶋泰

同 寺澤正孝

同 相場中行

同 竹澤大格

同 鈴木雅之

被告 Y1

被告 Y2

被告 株式会社プライマルシティ

右代表者代表取締役 Y1

右被告ら訴訟代理人弁護士 山下俊之

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金四〇〇万円及びこれに対する平成九年四月三日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え、

第二本件事案の概要等

本件は、被告らの調停申立は、民事調停規則六条による競売手続停止の制度を悪用し、もっぱら、競売手続の進行を遅らせ、自己の利益を図ることのみを目的とした違法な行為であるとして、競売事件で請求していた債権に対する競売手続停止期間中の遅延損害金相当額の支払を求めるものである。

一  争いのない事実等(証拠等によって認定した事実は、その末尾に当該証拠を掲記する)

1  原告は、信用保証等を目的とする会社である。

2  被告Y1(以下「被告Y1」という)は、平成二年八月三〇日、訴外株式会社東海銀行(以下「訴外銀行」という)より一億九〇〇〇万円を次の約定で借り受けた。

(一) 利息 年七・九パーセント(但し市中金利の変動に応じて随時変更する)

(二) 支払方法 平成二年九月から平成三二年八月まで毎月二七日限り金一三八万〇九三一円ずつ、元利均等で支払う(なお、利息を変更する場合は、支払金額も変更する)。

(三) 遅延損害金 年一四パーセント

(四) 特約 支払期日の到来した元利金を、支払期日から一か月目(翌月二六日)までに支払わない場合は、訴外銀行の請求により被告Y1は期限の利益を失う。

3  原告は、平成二年八月三〇日、次の約定で被告Y1の委託を受け、訴外銀行に対し、被告の前項の債務を連帯保証した(甲一)。

(一) 原告が、訴外銀行に代位弁済したときは、その金員を被告Y1は原告に対して直ちに支払う。

(二) 前項の元利金の支払いがなく、原告が訴外銀行から保証債務の履行を求められたときは、原告は、期限到来前であっても、被告Y1にその旨通知することなく、訴外銀行に代位弁済することができる。

(三) 遅延損害金年一四パーセント

4  被告Y2(以下「被告Y2」という)及び訴外B(以下「訴外B」という)は、平成二年八月三〇日、原告に対し、被告Y1の原告に対する前項の債務を連帯保証した(訴外Bの保証については、甲一)。

5  被告Y1は、平成四年七月二七日分からの元利金の弁済をしなかった。

そこで、原告は、訴外銀行からの保証債務の履行請求に基づき、平成五年八月二〇日、訴外銀行に対して金一億九六六二万四〇七三円(うち未収元本金一億八七一二万四六九七円、未収利息金九四九万九三七六円)を代位弁済した(以下「本件求償金」という)。(甲一)

6  原告は、被告Y1、被告Y2、訴外Bに対し、本件求償金について、当庁に訴訟を提起し、勝訴判決を得た(甲一)。

7  原告は、平成二年八月三〇日、被告Y1から、第3項の求償金債権を担保するため、被告Y1の所有するマンション(以下「本件担保不動産」という)について、以下の内容の根抵当権の設定登記を受けた。

(一) 極度額 金二億九〇〇万円

(二) 債権の範囲 保証委託取引

(三) 債務者 被告Y1

8  その後、右担保不動産は、被告Y1から被告Y2及び被告株式会社プライマルシティ(以下「被告会社」という)に次のとおり所有権が移転された。

(一) 受付年月日 平成二年九月二九日

登記目的 所有権一部移転

原因 平成二年九月一〇日売買

共有者 被告Y2

持分 二分の一

(二) 受付年月日 平成二年一一月二二日

登記目的 被告Y1持分全部移転

原因 平成二年九月一三日譲渡担保

共有者 被告会社

持分 二分の一

9(一)  不動産競売の申立

原告は、本件求償金債権を被担保債権として、本件担保不動産に設定した根抵当権の実行として、当庁へ不動産競売の申立をし、平成六年一月二五日競売開始決定を得た(当庁平成六年(ケ)第一九七号、以下「本件競売事件」という)。

(二)  債務弁済協定調停事件の申立・民事執行手続停止の決定

(1) 被告らは原告を相手方とし、平成八年二月一四日、本件求償金債務の支払について、債務弁済協定を求める調停(以下「本件調停」という)の申立をした(東京簡易裁判所、平成八年(メ)第八二四号)。

(2) 平成八年三月六日、被告らの申立により、原告と被告らとの間で本件調停が終了するまで、本件競売事件を停止するとの決定が東京簡易裁判所によりなされた(東京簡易裁判所、平成八年(サ)第二五八二号)。

(三)  本件調停事件は、平成九年三月一七日不調となり終了した。同年四月三日、原告の申立により本件競売事件の手続は続行され、同年七月三〇日、売却決定期日が開かれ、本件担保不動産は金三五七七万九〇〇〇円で売却決定がされ、原告は、平成一〇年一月二七日に執行裁判所より金三四〇九万九三六二円の配当を受けた。

10  強制競売の申立

また、原告は、本件求償金債権の回収をはかるべく、本件競売事件のほか、前記6の債務名義に基づき、渋谷区a町所在の土地、建物(以下「a町の物件」という)についての訴外Bの共有持分、練馬区b町所在の土地、建物(以下「b町の物件」という)についての訴外B、被告Y2の共有持分、同区cの土地、建物(以下「cの物件」という)及び同区d所在の土地、建物(以下「dの物件」という)についての訴外Bの各所有権に対し、強制競売の実行手続をとった。なお、以下、右四物件を一括して担保外不動産という。<証拠省略>

二  争点

本件調停申立は、民事調停規則第六条による競売手続停止の制度を悪用し、もっぱら、競売手続の進行を遅らせ、自己の利益を図ることのみを目的とした違法な行為といえるか。

(原告の主張)

本件調停申立の違法性は次のような事実から明らかである。

1 住所の不実記載

被告Y1は調停申立書に実際に居住している住所を記載していない。

2 本件調停申立の趣旨と現実の不一致

本件調停の申立の趣旨は、①請求元本についてその利息・損害金を減額して支払うことを承諾するか、②支払期間を相当期間猶予するか、相当程度に分割して支払うことを原告において承認することを求めるものであったところ、被告Y1は、本件調停の第一回期日において、一億九六六二万四〇七三円の残元本のうち、九〇〇〇万円を支払うので残額は免除するよう求めてきた。原告は、本件調停期日において、本件調停の申立の趣旨と、右弁済案との大幅な乖離を指摘したものの、被告Y1は、調停不調により終了するまで、九〇〇〇万円を上回る弁済額の提示を一度たりともしなかった。

3 調停における被告らの非協力的態度

(一) 本件調停期日において、調停委員及び原告は、被告Y1に対し、九〇〇〇万円しか支払えないというのであれば、被告Y1、保証人である被告Y2及び訴外Bに、本件競売の対象となっている本件担保不動産及び担保外不動産以外にみるべき資産や収入がないことを具体的に説明するよう、被告Y1らの資産開示を求めたところ、被告Y1はこれに応じなかった。

(二) 調停委員及び原告は、被告Y1に対し、被告ら所有の本件担保不動産、担保外不動産の評価根拠を明らかにするように要請したが、被告Y1はこれにも応じなかった。

(三) 調停期日に、被告Y1は二回欠席し、被告Y2は一回も出席しなかった。

4 以上1ないし3の事実などから明らかなとおり、被告らには、当初から本件調停をまとめる気がなく、もっぱら、競売手続の引き延ばしを目的として本件調停及び競売手続の停止を求めたものである。

(被告らの主張)

被告らがもっぱら競売手続を遅らせるために違法な目的をもって本件調停の申立をしたという事実はなく、本件調停が不調になった原因は、原告が自己の主張を譲らない強硬な姿勢を維持したまま、被告Y1の提案に全く回答すらしなかったことにある。

第三争点に対する判断

一  <証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、本件調停の経過はおおよそ次のとおりであったと認められる。

1  被告らは、平成八年二月一四日、本件調停の申立をしたが、被告Y1は、当時住んでいたところは本判決書記載の住所地(渋谷区<以下省略>)であったのに、調停申立書には、住所を東京都港区<以下省略>と記載していた。また、調停申立書には、申立の趣旨として、原告から被告Y1らに対する本件担保不動産についての競売事件による債務金元金一億九六六二万四〇七三円について、その利息及び損害金を減額して支払うことを承認するか、または、支払期間を相当期間猶予するか、相当程度に分割して支払うことを原告において承認するとの調停を求めるとの記載がされていた(甲四の1)。

2  本件調停の第一回期日は、平成八年三月一一日に開かれた。右調停期日で、被告Y1は、債務支払計画書なる書面(乙一)を示して、原告に対し、おおよそ次のような提案をした(甲七、乙一、弁論の全趣旨)。

(一) 本件担保不動産・担保外不動産(四物件)について、いずれも原告が競売申立をしているが、競売による売却では低い価格でしか売却できないので、競売手続を取り下げてもらいたい。

(二) 競売手続の取下げ後、担保外不動産のうち、a町の物件については、これを担保に金融機関から一〇〇〇万円の融資を受けたい。

(三) 本件担保不動産及びa町の物件を除く担保外不動産は任意売却したい。

(四) 各物件の競売手続における最低競売価格又はその予想価格は、本件担保不動産が約二五〇〇万円、b町、c、dの各物件はそれぞれ約一五〇〇万円である。したがって、a町の物件による前記融資金一〇〇〇万円及び原告が既に差押えている被告Y2名義による定期預金一〇〇〇万円を加えると、九〇〇〇万円の返済が可能である。

(五) 本件求償金のうち、九〇〇〇万円支払後の残額については、免除を要望する。

3  原告は、被告Y1の提案に対し、本件担保不動産、担保外不動産の評価の根拠を明らかにするとともに、残金が支払困難な事情を説明するように求めた。第一回ないし第三回までの調停期日は、原告、被告ら双方、本件担保不動産、担保外不動産を任意売却することについての合意はできたが、その価格及び被告らに他に資産がないのかについては意見の一致をみなかった。本件調停について、被告らはC弁護士に依頼していた。調停委員は、第四回の調停期日において、C弁護士、被告Y1らに対し、次回の調停期日までに、本件担保不動産、担保外不動産の価格について鑑定等客観的資料を提出すること、被告Y1及びその保証人である訴外Bらの資産を開示すること、具体的な返済計画を示すことを指示した。(甲七、弁論の全趣旨)

4  C弁護士は、第五回調停期日に出席したが、前回調停委員から指示された事項について、履行することができなかった。こういうこともあってか、C弁護士は、第六回調停期日直前に、本調停事件の被告らの代理人を辞任した。被告Y1は、第六回期日当日、裁判所に、出頭できない旨事前に連絡して、欠席した。また、被告Y1は、第七回調停期日も欠席した。(甲七ないし九、弁論の全趣旨)

5  平成九年一月二四日、第八回の調停期日が開かれた。これまで、原告と被告らとの案が平行線をたどり、お互いの歩み寄りがみられなかったため、このままの状態では調停成立の可能性はほとんどなかった。そこで、調停主任裁判官は、局面を打開すべく、両者に、担保外不動産を本件調停から切り離し、本件担保不動産についてのみ任意売却することで、解決をはかれないか、ついては、両者間で、売却価格、方法等について話し合ったらどうかとの提案をし、両者は、右裁判官の案を検討することにした(甲七、八、一〇、弁論の全趣旨)。

6  原告は、平成九年二月一九日、被告Y1と、原告東京支店で話し合いの機会をもった。被告Y1は、本件担保不動産を四五〇〇万円位で任意売却することができる。しかし、被告Y1は、原告に対し、右四五〇〇万円のうち、約二二八〇万円は、被告Y1の原告以外の債権者に対する債務の弁済に充て、その余を原告に支払うとの案を提示した。原告は、右案は、本件競売手続を実行することより不利な案であり、これを拒否した(甲七、一〇、弁論の全趣旨)。

7  前記6を踏まえ、第九回目の調停期日がもたれたが、結局調停は不調に終わった。なお、被告Y1の保証人であり、同人と事業を共同に行うなど被告Y1と極めて親しい関係にあった訴外Bは、本件調停に何度か出席したが、訴外Bの長男である被告Y2は、本件調停を、被告Y1、訴外B、C弁護士らに任せ、調停には一度も出席しなかった。(甲七、弁論の全趣旨)

二  前記一の認定事実を前提に、本件調停申立が、民事調停規則第六条による競売手続停止の制度を悪用し、もっぱら、競売手続の進行を遅らせ、自己の利益を図ることのみを目的とした違法な行為といえるか否かについて検討する。

民事調停の申立、競売手続停止の申立は法に依拠するものであり、特段の事情がない限り不法行為とはならない。原告が主張するように、もっぱら競売手続を遅延させる目的のために申し立てられたことは、右特段の事情に当たるということができ、これが立証されれば、その申立は違法ということができる。

1  この点につき、原告は、まず、被告Y1の調停申立書の住所の記載が不実であることを捉え、競売手続を遅延させる目的があったと主張する。しかし、前記一の1ないし3認定のとおり、本件調停は申立から第一回調停期日が開かれるまで一か月以内と通常の期間であり、しかも、被告らは本件調停をC弁護士に依頼していたのであり、住所記載の不実をもって、直ちに、競売手続を遅延させる目的があったと認めるのは困難である。

2  次に、原告は、本件調停申立の趣旨と実際の調停での被告らの提案の不一致をもって、競売手続を遅延させる目的の一事情と捉える。調停においては、返済に窮している債務者としては、できる限り自己に有利な案を債権者に提案するのが実状であるところ(経験則)、債務者の右提案が債権者の予想と大きくかけ離れたものであれば、当事者の合意を前提とする調停においては、このような調停は直ちに不調で終了するだけである。本件調停は、結果として、九回も続けられていることなどを勘案すると、本件調停申立の趣旨と実際の調停での被告らの提案の不一致をもって、被告らにもっぱら競売手続を遅延させる目的で本件調停を申し立てたと推認することは困難である。

3(一)  更に、原告は、被告らの本件調停における非協力的態度を捉えて、競売手続を遅延させる目的の一事情と主張する。確かに、被告らは原告に対し、本件担保不動産及び担保外不動産を任意売却等して九〇〇〇万円は支払えるが、残余は免除してほしいとの提案をしながら、右各不動産の価格を明らかにする客観的資料の提出や被告Y1、訴外Bらの資産を開示しなかったことは事実である。このような被告Y1の態度は不誠実といえ、調停を申し立てた当事者として、道義上の責任は少なくないものがある。そして、結果として、被告らの提案に振り回された、原告の憤りにももっともな点がある。しかし、右被告Y1の不誠実な態度が、競売を遅延させる目的から出たものと認めるのは困難である。なぜなら、前記一で認定したとおり、被告らは、本件担保物件を競売手続で売却するより、任意売却で売却した方が有利な売却が可能であり、その結果、被告らの債務もその分軽減されることになり、また、原告としても、競売手続で強制換価するより任意売却する方がより多くの債権を回収できると考えたから、本件調停を九回も行ったと解するのが相当である。原告は、金融機関であり、これまで数多くの競売事件を手がけていると思われるところ(経験則)、調停申立が競売手続を遅延させる目的であるならば、即座に調停の打ち切りを申し出るなり、競売手続停止決定に対しては即時抗告あるいは続行決定の申し出(民事調停規則六条二項)ができるのに、このような手段を採ることなく、調停に九回も応じたことは、本件調停がもっぱら競売手続を遅延させるために申し立てられたものであることを推認することの重大な妨げとなる。

(二)  また、原告は被告らの調停期日への欠席をとらえて、本件調停が競売手続を遅延させる目的であったとも主張する。確かに、被告Y1は二回、被告Y2は全回欠席している。しかし、被告Y1の欠席は、C弁護士辞任後の二回であり、それ以外の七回は出席しており、二回の欠席から直ちに、競売手続を遅延させる目的を推認することは困難である。また、被告Y2は前記一のとおり、本件調停をC弁護士、被告Y1、訴外Bらに任せていたのであり、被告Y2の欠席から直ちに、競売手続を遅延させる目的を推認することは困難というほかない。

(三)  以上(一)、(二)のとおり、被告らの本件調停における非協力的態度から、直ちに、本件調停が、もっぱら競売手続を遅延させる目的で申し立てられたものであると認定することは困難というほかない。

三  以上のとおり、被告Y1の不誠実な態度により原告が迷惑を被ったことは事実である。しかし、日頃、債権回収の専門家として競売事件に携わっている原告が九回も調停に応じていること等前記認定した事実からは、原告の主張する事実から直ちに被告らにもっぱら競売手続を遅延させる目的で本件調停事件を申し立てたことを推認することは困難というほかない。また、本件全証拠を検討するも、本件調停が、もっぱら競売手続の進行を遅らせる目的で申し立てられた違法なものであると認めるに足りる証拠は存しない。

なお、付言するに、原告は本件訴訟で、競売手続の停止期間中に発生した求償金債権元金に対する遅延損害金の支払を求めているところ、かかる遅延損害金は、競売手続停止期間中も発生している。そうだとすると、原告の損害賠償請求が認められるためには、被告らの本件調停申立、競売停止決定がなければ、すぐにでも本件担保不動産を競売手続で換価できたということが主張立証される必要があるところ、原告はかかる主張立証はしていない(当時の不動産競売の売却事情等から主張立証する必要がある)。原告の本訴請求はこの意味でも理由がないといえる。

第四結論

以上から明らかなとおり、原告の主張は理由がないので、請求を棄却することにする。

(裁判官 難波孝一)

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